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2011年5月

2011年5月23日 (月)

先週末、北海道を旅行してきました

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先週の月曜午後八時に私は釧路の空港で、羽田行きの飛行機に乗っていました。濃霧の中でした。
到着便も遅れていていましたが、離陸前も窓の外はグレーの霧でまったく何も見えず、これで飛ぶのだろうかと心配しました。
でも、何も見えない中、飛行機はそれでも離陸したのです。
灯りを落とした機内から、ただ、窓の外の様子を眺めていました。
プロペラに吹き飛ばされて、霧が生き物のように細かい渦をまいてうごめき、でも、濃い霧はひしめきあうだけで飽和したように停滞していました。
あれは何十秒、それとも数分だったのでしょう。
飛行機はぐんぐんと霧の中を角度をもって上昇していきました。
ふいに雲の上に浮上し、そこは嘘のように晴れ渡って、満月が煌々とあたりを照らしていました。
そう言えば、前に釧路に来ようとしたときも濃霧のため、着陸できず札幌に行ってしまったのでした。
釧路はよく霧が出るのかもしれないですね。それにしても、飛行機器は進歩しているのでしょうが、濃霧の中で操縦桿を握るパイロットはどんな気持ちでしょう。

説明が遅れましたが、先週末、北海道を旅行してきたのです。
発端は、一月くらい前。忘れていたスピッツのコンサートのチケットが届いたことから始まりました。
ラッキーと思いきや、しかし、場所は釧路。
ファンクラブで三郷に応募してハズレ、オンラインメンバーズで応募するとき、第一希望「三郷」、第二希望は、やけになったというか、旅行がてら行って来るといいかもと画策して「釧路」を選んだのです。そしたら、「三郷」が外れて、「釧路」が当たりました。
地震のあと、旅行に行く気にもならなかったんですが、思い切って行くことにしました。
しかし、結果として行ってみたいと思っていた阿寒湖のアイヌコタンにも行かれたし、厚岸で牡蠣も食べられたし(厚岸や釧路も津波の被害があって、牡蠣の養殖は大分やられたらしいですが、厚岸では牡蠣は出回っていました)、それに何よりスピッツのコンサートが見られて、なかなか充実した旅でした。しかし、北海道は寒かったです。まだ、桜が咲いていませんでした。21日から桜祭りがあると言っていたので、今が見ごろかもしれません。
初日の14日は、遅い昼食に和商市場で勝手丼を食べたあと(ネタをあれこれ選んだら1,000円くらいになっちゃいましたが、美味しかった!)、会場へ向かいました。

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2011年5月 9日 (月)

ああ、ゴールデンウィークが終わり…

今日の夕方買い物に行ったら、通りがかった親子連れの小さな女の子が「あーあ、もう一日終わっちゃった!」と言っていて、同感だと思いました。そう、もう連休は終わってしまったのですね。
やったことと言ったら、少し掃除して、洗濯して、図書館へ行って本を探したり読書したり、墓参りに行って、グリーンカーテンを作るためにプランターに苗を植えたことくらい。でも、グリーンカーテン出来るのが楽しみではあります。
ゴーヤの苗は売り切れだったので、きゅうり(夏涼み)、ぼっちゃんかぼちゃ、小玉すいかの苗を植えました。そして、ゴーヤは種を蒔きました。
ちょっと、欲張りすぎでしょうか。すいかは生らないかもと思います(笑)

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そして、ベランダにはネットを張るために物干し用の突っ張り棒を立て、吊るしてあるエアコンの室外機の端っことこの突っ張り棒の上側にネットを引っ掛けましてなんとか完成。しかし、ベランダへ出て洗濯物を干すときに通るところが狭くなってしまったのは困りものです。それから、突っ張り棒は意外とやわな感じであまり長く伸ばすとぐらぐらして危険そうだったので、一段低くなっているところに設置しました。しかし、今年の夏は計画停電になった場合に少しでも涼しくしたいのと、停電にならなくても、エアコンの消費電力を抑えるのに効果があることを期待しています。

前に書いた作品を公募に出そうと、4月30日は一日中書き直していたんですが、やっぱり出すのを止めました。
また、新しいのを書いた方がいいかなと思うんですよね。地震があってから、何を書いたらいいか悩んでいます。
この頃、読んだ本をまた列記しておきます。

■「チリの地震」ハインリヒ・フォン・クライスト 著
本屋さんで手に取った書評の本をぱらぱらめくっていて、目に止まった短編集でした。
絶版になっていたので図書館で借りたのですが、表題の作品はまったく悲惨すぎます。
日本では考えられないような倫理観に怒りさえ感じました。その点、あらためて今回の東日本大震災で日本人がとった行動はとても誇れるものだと思います。
でも、最後のエッセイ「マリオネット芝居について」は、なかなか芸術の真髄について鋭い考察だと思いました。一流のダンサーが踊りについて語るのですが、「ですから優美は、意識がまるでないか、それとも無限の意識があるか、の人体の双方に、ということは関節人形か、神かに、同時にもっとも純粋に出現するのです」と断言しています。これって、芸術全般に言えることではないでしょうか。
何も恐れることを知らない無垢な状態で力を発揮するのは、フィギアースケートなどの選手などにもよくあることでしょうし、絵画や、音楽、あるいは文学でもそういうことはあるのではないでしょうか。
一度、意識しだすと、かつての優美さが失われてしまうということがあるのではと思います。
これを元にもどすためにはどうしたらいいのでしょうね。私は思うに、信じる力というのは実は重要なのではないかと思うのです。もちろん、技術的なことはとても大事だと思うのですが、たとえ根拠がなくても、自分に出来ると信じることです。
言いかえれば、迷いを捨てなくてはいけないということかもしれません。
これはきっとキリスト教徒の人たちには、とても普通の考えなのじゃないかと思います。
推測の域を出ませんが、自分の力を信じることは、神のご加護を信じるといったことなんじゃないでしょうか。勿論、謙虚でなくてはいけないのでしょうが。私もそういう点は少し見習いたいと思いました。

■「古文の読解 (ちくま学芸文庫) 」小西甚一 著
実は私は古文は大の苦手なんですが、この本は面白いです。
作者の方は戦前世代なのですが、スタンフォード仕込のユーモアがあって読みやすいです。
まだ読んでいる途中ですが、古文のことよりも、十二単やら寝殿造りなどの雑談がいいです。
「む」=「will」などという説明に、なるほど、外国語と思って勉強したらいいのかもしれないと思いました。しかし、そのときは納得しても、頭に入れておく自信はあまりないです。

■「草祭 」恒川光太郎 著
この作者のホラー小説は私のようなファンタジー嗜好の人にも受け入れやすい気がします。
それほど、恐ろしいというわけでもないですけれど、現実とは違った非日常の世界に連れて行ってくれます。美奥というどこかにあるらしい現実離れした町についての短編集です。
「夜市」の頃から、時々買って読んでいますけれど、よくこんなに沢山の面白い話が紡げるものだと感心します。私はいつも長編になってしまうので、今度は短編小説にチャレンジしてみたいと思います。でも、短編小説ってとても難しいです。さらっと奇麗にまとめるっていうのが出来ないんです。くどくどしてしまいがちなのかもしれません。

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もう、口紅スイセンは花が終わってしまったんですが、先月咲いていました。
それから、白いすずらんみたいな花は、ブルーベリーです。

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