2017年2月11日 (土)

血流がすべて解決する(読書)

「血流がすべて解決する」堀江昭佳著

著者は薬学部を出られて薬剤師をしておられたのに、対処療法的な西洋医学とは違う東洋医学に引かれて方向転換された漢方薬剤師さんとのことです。

最近、更年期に近いのかちょっとした不調があったり、ノロになったりインフルエンザにかかったりしたので、とても勉強になりました。
まったく目からうろこです!

もともと私は小さい頃から手も足も年中温かく冷え性ではないですし、血は足りていると思っていましたが、女性のほとんどの病気は①血が作れない→「気虚体質」、②血が足りない→「血虚体質」、③血が流れない→「気滞 お(病ダレに、於)血体質」の3つの原因から来ることが多いらしいです。そもそも、血流を良くしようとしても、女性の場合、血が足りない人が多いとのこと。マクロビは逆効果だそうです。

まず、ここに書いてあることで驚くのは、空腹の時間を作ることが血を増やすのに大切だということ。
最近、和食を三食たっぷり食べて、間食はなるべくしないようにしようと思っていたのですが、お腹が鳴るほど空腹になる時間はなかったなと思いました。

それと呼吸が大事というのも納得です。
もしかしたら、これはまったく著者の方の意図とは別かもしれませんが、最近インフルエンザにかかった後、病院でもらった薬を飲んでも咳喘息のように咳と痰が続いていました。
でも、ふと、なるべく落ち着いて深呼吸してみようと思いました。息を吸い込みきったと思ったときに心の中で「ありがとう」と呟いてみるとさらにもっと深く吸えて、これを繰り返していたら咳も痰も段々治まってきました。深い呼吸はやはり大事だなと思います。完全呼吸で血の巡りも良くなるそうです。

他にも気付かされることが沢山ありました。
前から何となくそうだろうと思っていたけれど、やっぱりそうなのねと納得することも多かったです。
できるだけ取り入れて体質改善したいです。

まずは腹八分目、睡眠、ふくらはぎを鍛える、間食(甘いものなど)は控えるなどに気を付けてみようと思います。甘いものは免疫力を下げたり、シワのもとになったりするとも言いますからね!

それと食べ物をいたたくときに、いただいた命に感謝するというのも実践してみようと思います。
これは、最近よく考えてはいたことでもあります。鶏さんありがとう。魚くんありがとう?!(くんはいらないか(笑)) 牛さんありがとう。そして、農家の方、美味しい食材をありがとうございます。etc.

心の中でその感謝をこめて「いただきます」と言ってみようかと思います。

(追記)おわりにというところまで読んでみて、とても感動しました。著者の堀江さんが女性達の体と心の悩みを解消していくことに、確かな手応えとやり甲斐を感じておられるのが伝わって、素晴らしいお仕事だなと思いました。

2016年12月 2日 (金)

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一本電車を待って始発に。座れたので少し日記を書いてみます。
「明日ぼくは昨日の君とデートする」130万部売れたというので、読んでみました。
たわいもない恋愛ものかと思って読んでいましたがちょっと違いました。
不況の出版業界では売れることが大事だと思いますが、こういう口語の文が支持されるなら、こういうのも有りなのかなと思いました。
読みやすいです。
「ジェニーの肖像」を彷彿とさせます。
切ないです。

2012年1月 9日 (月)

ローズマリー&蜂蜜&読書

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Y養蜂場のサプリメントを定期購入していたら、プレゼントで蜂蜜セットをもらいました。
10種類の違う花から取れた蜂蜜で、みんな風味が違います。

この前はローズマリーの蜂蜜をホットケーキにかけて食べてみました。
やっぱり、ほのかにローズマリーの香りがするような感じ。
でも、ローズマリーってとっても小さな花なのに、あれから蜂蜜が取れるなんて不思議…
そう言えば、うちのプランターのローズマリーも去年からなぜかわんさか花を咲かせています。
植えてから5年くらい全然、花なんて咲かなかったのに何故だろう…

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2011年11月 7日 (月)

秋の夕べは不思議です

ブログネタ: 今読んでいる本は何?参加数

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ブログ放ってしまっている間に、秋も深まってまいりました。
今日、出かけたらツタの葉も紅葉していました。近況を思いつくままに綴りたいと思います。

秋の入り口では、過ごしやすくなり金木犀の香りなんかも漂い嬉しい気分になるのに、晩秋に近づいてくると、いつのまにやら違った境地にいるのに驚きます。夕闇の濃くなった時間のいつもの帰り道、なんでもない商店街の喧騒で、どこかで見た、どこかで聞いた、どこかで嗅いだ気になったり。
この前も、新しい仕事と家事と習い事の掛け持ちで肩がつらくなったので、会社帰りに新しいマッサージ店を開拓すべく入ってみたのですが、そこでかかっていた曲が「ピアノレッスン」でした。映画の方はそれほど好きではないのですが、この曲はなんとも懐かしい曲です。
17年ほど前に、現実路線で就職することを決意し、それまでと180度違うCADスクールに通い始めたのですが、そこでかかっていた曲でした。
そのときCADを教わった女性の可愛らしい先生が若そうなのに34歳とのことで、自分たちより大分年上だなと思ったものなのに、今の自分はそれより年上なのです。あの先生は今頃どうなさっているのでしょう。もうそんなに年月が過ぎたのがとても不思議に思えます。歳なんて気にしないことにしているので自覚がなく、ときどき驚くんですね。
しかし、今、また仕事でCADを使っていて、少しずつ感覚が戻ってきているので、あれも無駄じゃなかったとしつくづく思います。
どこに行っても、いろんな人との出会いがあって、何も無駄ではないのです。
そのときには嫌に思うこともありますが、後になると役に立ったと思うことも多いですし。

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2011年5月 9日 (月)

ああ、ゴールデンウィークが終わり…

今日の夕方買い物に行ったら、通りがかった親子連れの小さな女の子が「あーあ、もう一日終わっちゃった!」と言っていて、同感だと思いました。そう、もう連休は終わってしまったのですね。
やったことと言ったら、少し掃除して、洗濯して、図書館へ行って本を探したり読書したり、墓参りに行って、グリーンカーテンを作るためにプランターに苗を植えたことくらい。でも、グリーンカーテン出来るのが楽しみではあります。
ゴーヤの苗は売り切れだったので、きゅうり(夏涼み)、ぼっちゃんかぼちゃ、小玉すいかの苗を植えました。そして、ゴーヤは種を蒔きました。
ちょっと、欲張りすぎでしょうか。すいかは生らないかもと思います(笑)

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そして、ベランダにはネットを張るために物干し用の突っ張り棒を立て、吊るしてあるエアコンの室外機の端っことこの突っ張り棒の上側にネットを引っ掛けましてなんとか完成。しかし、ベランダへ出て洗濯物を干すときに通るところが狭くなってしまったのは困りものです。それから、突っ張り棒は意外とやわな感じであまり長く伸ばすとぐらぐらして危険そうだったので、一段低くなっているところに設置しました。しかし、今年の夏は計画停電になった場合に少しでも涼しくしたいのと、停電にならなくても、エアコンの消費電力を抑えるのに効果があることを期待しています。

前に書いた作品を公募に出そうと、4月30日は一日中書き直していたんですが、やっぱり出すのを止めました。
また、新しいのを書いた方がいいかなと思うんですよね。地震があってから、何を書いたらいいか悩んでいます。
この頃、読んだ本をまた列記しておきます。

■「チリの地震」ハインリヒ・フォン・クライスト 著
本屋さんで手に取った書評の本をぱらぱらめくっていて、目に止まった短編集でした。
絶版になっていたので図書館で借りたのですが、表題の作品はまったく悲惨すぎます。
日本では考えられないような倫理観に怒りさえ感じました。その点、あらためて今回の東日本大震災で日本人がとった行動はとても誇れるものだと思います。
でも、最後のエッセイ「マリオネット芝居について」は、なかなか芸術の真髄について鋭い考察だと思いました。一流のダンサーが踊りについて語るのですが、「ですから優美は、意識がまるでないか、それとも無限の意識があるか、の人体の双方に、ということは関節人形か、神かに、同時にもっとも純粋に出現するのです」と断言しています。これって、芸術全般に言えることではないでしょうか。
何も恐れることを知らない無垢な状態で力を発揮するのは、フィギアースケートなどの選手などにもよくあることでしょうし、絵画や、音楽、あるいは文学でもそういうことはあるのではないでしょうか。
一度、意識しだすと、かつての優美さが失われてしまうということがあるのではと思います。
これを元にもどすためにはどうしたらいいのでしょうね。私は思うに、信じる力というのは実は重要なのではないかと思うのです。もちろん、技術的なことはとても大事だと思うのですが、たとえ根拠がなくても、自分に出来ると信じることです。
言いかえれば、迷いを捨てなくてはいけないということかもしれません。
これはきっとキリスト教徒の人たちには、とても普通の考えなのじゃないかと思います。
推測の域を出ませんが、自分の力を信じることは、神のご加護を信じるといったことなんじゃないでしょうか。勿論、謙虚でなくてはいけないのでしょうが。私もそういう点は少し見習いたいと思いました。

■「古文の読解 (ちくま学芸文庫) 」小西甚一 著
実は私は古文は大の苦手なんですが、この本は面白いです。
作者の方は戦前世代なのですが、スタンフォード仕込のユーモアがあって読みやすいです。
まだ読んでいる途中ですが、古文のことよりも、十二単やら寝殿造りなどの雑談がいいです。
「む」=「will」などという説明に、なるほど、外国語と思って勉強したらいいのかもしれないと思いました。しかし、そのときは納得しても、頭に入れておく自信はあまりないです。

■「草祭 」恒川光太郎 著
この作者のホラー小説は私のようなファンタジー嗜好の人にも受け入れやすい気がします。
それほど、恐ろしいというわけでもないですけれど、現実とは違った非日常の世界に連れて行ってくれます。美奥というどこかにあるらしい現実離れした町についての短編集です。
「夜市」の頃から、時々買って読んでいますけれど、よくこんなに沢山の面白い話が紡げるものだと感心します。私はいつも長編になってしまうので、今度は短編小説にチャレンジしてみたいと思います。でも、短編小説ってとても難しいです。さらっと奇麗にまとめるっていうのが出来ないんです。くどくどしてしまいがちなのかもしれません。

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もう、口紅スイセンは花が終わってしまったんですが、先月咲いていました。
それから、白いすずらんみたいな花は、ブルーベリーです。

2011年3月 3日 (木)

水仙、推薦本…?

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今日は、ひな祭り。3月ということはもう春が来るんだなとぼんやり思う今日この頃です。
写真は二週間ほど前に、咲いていた水仙です。何枚何枚も撮ったら、数枚は自然にこんなソフトフォーカスになってました(笑

2月28日(月)には、半年くらい書いてきた小説を何とか根性で仕上げることがでしました。
部屋が暖かいと眠ってしまうので、あまり暖房もつけず、食べ過ぎるとまた眠くなるので、食うや食わずで朝から書きつづけ、何度ももうだめかと思いながら、夜8時までに30枚くらい書けました。
これで合計200枚になったので、印刷してゆうゆう窓口に持って行こうと思ったのに、プリンターが不調ということが判明。インクは替えたばかりなのに、ノズルチェックしても、ヘッドクリーニングしてもダメでした。(結局、純正品でないインクのせいで目詰まりしていたということが後でわかりました)あきらめて、池袋のキンコーズへ印刷してもらいに10頃に行って、ようやく郵便局に出せました。キインコーズ有難かったです。
その後、11時半くらいにサイゼリアにはじめて入ったんですけど、夜中でも混んでますね。
リゾットとほうれん草のソテーを注文。なかなか美味しかったですが、急いでがっついたら、胃が痛くなって、気持ち悪くなりました。
やはり夜遅くに食べるのはあまり良くないんでしょうか。

毎日、昼も夜も執筆中の小説のことばかり考えて、お酒もほとんど断ち、書き続けていたんですけれど、書くものがなくなったら、やることがなくてつまらなくなりました。
また、次の小説の構想を練ろうかと思います。

それから、この頃、読んで面白かった本を少し書いておきます。

■「螺旋 」サンティアーゴ・パハーレス著
出だしの印象は薄いんですが、途中から抱腹絶倒、その後、ちょっと恐ろしい世界になって、そして、感動のラストへなだれ込み、まるでジェットコースターのように話が展開します。

あらすじ(少しネタばれなので、ご用心)
スペインのある出版社の売れっ子作家トマス・マウドの正体を、実は誰も知らないということを社長はずっと隠し続けていた。しかし、毎回郵便で送られてきていた「螺旋」という小説の続編が何年も送られてこない。これは会社存亡の危機で、窮地に追いやられた社長は、苦し紛れに数ヵ月後に続編を出版すると、発表してしまう。それで、主人公の編集者がこの作家を探す命を受けアラン渓谷のある村に妻との休暇という名目で赴く。しかし、体当たりの探索をするせいで、妻には愛想をつかされ、村人には変な目で見られ、踏んだり蹴ったり。
しかし、面白いだけでなく、麻薬の恐ろしさや、その地獄からなんとか這い上がろうとする人々の苦悩、夫婦の愛などどこを切っても、素晴らしい作品でした。
この人は、25歳でこれを書いたというのですから、本当に天才だと思います。

■「永遠の0 (講談社文庫) 」百田尚樹 著
児玉清さんが推薦文を書いておられたんですが、私は戦争物をそんなに読んでいなかったので、すこしマニアックな本なのかなとも勘ぐり、分厚い本でもあったので、積読になっておりました。
でも、面白かったと言う人がいたので、自分も読んでみたら本当に感動してしまいました。
電車で読んでいて何度も泣きそうになって、最後のシーンではとうとう涙をこぼして嗚咽してしまいまって、混んだ電車だったので恥ずかしかったです。

あらすじ(少しネタばれなので、ご用心)
司法試験の浪人生である主人公が、新聞記者の姉に頼まれて、第二次大戦で特攻隊員として死んだ祖父がどんな人物で、どのように死んだかを戦友に聞いて回ることになる。それは、父親に一度も会ったことのない母の知りたいという希望をかなえてあげるためだった。
はじめ、祖父は「臆病者だった」という証言を得て落胆するが、段々にこの祖父が第一級の飛行機乗りであり、多くの長所を備えて、愛された人でもあったことがわかるにつれ、この人が人間的に好きになってしまった。そして、いかに死んでいったか、また、そこに隠された真実を知って愕然とした。これは、戦争ももちろんだけれど、もうひとつ愛をテーマにした物語だと思った。

2010年11月14日 (日)

「明るい箱の幻想」小説公開<第二弾>

ソニーソングノベル大賞に応募し、一次通過した作品です。

スピッツの「夜を駆ける」のイメージをふくらませて、書きました。

横書きに再変更しました。

 

2008年8月24日 (日)

キリンヤガ

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今日で北京オリンピックも終わり。
閉会式を盛大にやっていましたね。
マラソン男子の金メダリストは日本へ留学していたこともある、ケニアのワンジル選手。(画像は、なんとなく終わりというイメージで、先日、写した夕日です)

ケニアと言えば、この前、読んだSFの傑作「キリンヤガ」マイク・レズニック著は素晴らしかったです。SFをあまり読んだことがなかったので、ちょっと読んでみようと思って手に取ったのですが、読んでみて、「これ、SFなの?」とちょっと疑問を持ちました。でも、ヒューゴー賞、ネピュラ賞、ハヤカワSFマガジン賞など数々の賞を受賞しただけのことはあります。SFには興味のない方でも、きっと楽しめる面白くも考えさせられるお話しです。

欧米社会の科学技術や宗教、習慣がアフリカの先住民族キクユ族を脅かしみんなが古い習慣を捨て、ケニア人になっていく。それを見て、立ち上がった一人のエリート老人がテラフォーム化され、人類が住めるようになった小惑星にキクユ族のユートピア、つまりキリンヤガを作ろうとするお話です。
キリンヤガとは、キクユ族の神が宿る山の名前で、欧米人により名をケニヤ山に変えられた山のこと。それを新しいユートピアの名としたです。
このコリバ老人は、地球ではなんとケンブリッジ大学を優等で卒業し、イエール大学でふたつの博士号を取得した頭の切れる人です。それなのに、一切の先進技術を拒否し、キクユ族の呪術師ムンドゥムグとなって、人々が昔ながらの伝統を忠実に守って生活するよう導く道を選んだのです。
人々に伝統を守らせることは並大抵ではありません。なぜなら、伝統を守るために場合によっては個人の幸せや健康より、村の秩序を重視していかなければならないのです。そんなコリバの強権的なやり方は次第に人々の反感をかっていきます。
これは、いくつもの短編を組み合わせた物語で、私は「空にふれた少女」とエピローグの「ノドの地」が好きです。はじめのうちは、コリバの無茶なやり方に、「このガンコ親父!」とどうにもならない怒りばかり覚えていました。でも、最後のエピローグではコリバに同情してしまい、目頭が熱くなりました。

伝統とは、どうしても失われていくものなんでしょうね。

2008年7月13日 (日)

西の魔女が死んだ

Dsc00093 先日、梨木香歩さんの「西の魔女が死んだ (新潮文庫)」を読みました。
彼女の小説は、子供から大人まで楽しめて素晴らしいです。読んでおられない方はネタバレなのでご注意!
主人公のまいは中学校での生活になじめずいわゆる登校拒否になった女の子。その子が母方の祖母の家でしばらく生活することになるのです。その祖母が立派な人。彼女はもともと英語教師として来日したイギリス人ですが、先祖から受けついた独特の生活の知恵を伝授してくれるのです。彼女の家には代々、魔女と呼ばれる人達が出てくるという話しを聞いて、まいは驚きますが自分もそうなりたいと祖母に頼みます。
そして、彼女の魔女修行が始まります。でも、この魔女修行は一般の人々にも役に立つような当たり前のことから始まるのです。

  ◆早寝早起する
  ◆食事をしっかりとる
  ◆よく運動する
  ◆規則正しい生活をする
なーんだと思う方もいらっしゃると思いますが、こういうことが大事なんだなと改めて思いました。
それから、子供の頃の理由のわからない不安感、まいが言うところのホームシックというのが出てきて、そういえば自分もそんな気分によくなったなと思いました。
祖母の生活には洗濯機もなく、食事は全て手作りという今で言うところのスローライフ。野いちごを山ほど積んでジャムを作ったり、ラベンダーの上にシーツを干したりと大変だけれど楽しそうな生活です。
魔女修行が進んでいくと「薬草の知識」や、「物事は自分の意思で決めること」、「直感は大事だけれども、すぐに決め付けるのではなく心の片隅において、成り行きを見守ることも大事」といったことを教わります。そういう生活の中で少しずつまいは変わっていくのです。
でも、思春期独特の神経過敏がもとで祖母と行き違いが起こり、家の事情もあり彼女はしばらく祖母と会わないことになるのですが…

こんな人に人生の中で出会えたら、それだけでとても幸せな気分になれるだろうなと思いました。
ここで魔女と呼ばれる人達は、箒に乗るような人ではなくて、病気に効く薬草の知識や知恵、少しばかり霊感がある人達のようです。
私も少し魔女修行でもしてみようかなと思います。といっても、規則正しい生活をして、出来るだけ料理を作ったり、ガーデニングなどで自然に親しむ程度のことなんですが、ぐーたらなのでなかなか実行は難しそうです。

ところで、奇しくも、6月18日にアメリカのバーモント州に住む絵本作家のターシャ・テューダーさんが92歳で逝去なさったと聞きました。彼女は魔女ではないですが、その生き方には以前から憧れていました。彼女も生活をゆっくり楽しむ術や知恵を持つ、現代に残る数少ない女性だったのでないでしょうか。惜しまれてなりません。

2008年6月15日 (日)

ブログはじめます。

ストーリーは日常のいたるところに転がっている。

物にも、例えば万年筆にも、それぞれのストーリーがある。他の人にはなんてことないことが、実はその人には大きな意味を持っていたり。。。

クローズド・ノートを読んで、そう思った。とても素晴らしい物語だった。『人間にはストーリーが必要なんだ』とこの物語から学んだ気がする。

でも、そんな大それたことを書ける訳ではないので、悪しからず。

今日から、このブログに日常のひとこまを拾い集めていこうと思う。

これはわりと近所の公園で、雨上がりに撮ったもの。小さな兄妹が寄り添って歩いてきたのが印象的だった。

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